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●美女 マーカンディヤー (2009.9.14) 

第1編 お釈迦様の出現

第7章 広まる教化圏

第8節 美女<マーカンディヤー>

1.<カンマーサダンマ>村に<マーカンディヤー>という「ブラフマン」がいた。その娘<マーカンディヤー>は秀でて美しかった。「ブラフマン」は娘の魅力を信じて、世界で最も優れている男性を探し娘の夫婦の縁を結んであげようと考えた。

 彼はついに托鉢をしていらっしゃるお釈迦様と途中で出会い、その輝き、優れた姿を見て、「この「サマナ」こそ、わたしの娘の相手にふさわしいのだ」と考えて、急いで家に戻り、その妻と娘を連れて、お釈迦様の後ろを追いかけた。けれどもお釈迦様はすでに村を抜けてどこかの森に入っていかれた。そのお釈迦様の足跡を見て、妻は言った。
『この方は必ず欲をなくした人に違いない。そうでなければこのような安定して、物静かな歩き方の足跡はできないのです。あなたは余計な言葉を話さないでください。』
と言いました。「ブラフマン」は妻の言葉を聞かず、お釈迦様を探し、ある木の下に座っていらっしゃるのを見つけて、そこに行って申し上げた。

『「サマナ」よ、あなたの姿はすでに悟りと徳行でいっぱいなので、世俗に戻ってもいいのではないでしょうか。これが私の娘です。見たとおり美しいでしょう。あなたがもしこの娘を引き受けて妻としてめとってくだされば、私たち夫婦はとても嬉しく思います。』
とお願いした。お釈迦様は微笑して、笑いながら、静かに返事をされた。

『「ブラフマン」、私は天国の女性も必要ないのだ。ましてその汚い血と膿を含んだポケットをどこに使うのか。』
とおっしゃり、「愛欲はすべての苦の根本なので、人として全ての世俗的な愛欲を捨てて、戒律を磨く事だけが真実でとても幸福な道なのだ」とさまざまに説法をされた。
この言葉を聞いた「ブラフマン」夫婦は感激して、涙を流しながら、はじめは自分勝手に無理を言う言葉を自ら恥ずかしく思って、お釈迦様に帰依して弟子になることを願った。

それで、孔雀のように傲慢なその娘の胸の中にはお釈迦様の甘露法でも突き刺さりはしなかった。最も美しい自分の身体を「血・膿を含むポケット」といわれて気に障り、静かに報復を誓った。
その後、二人の夫婦はお釈迦様の弟子となったが、その娘は<コーサンビ>国の<ウダヤナ>の目に入り、その美しさを売り、その国の第1皇后となりました。
その後に、お釈迦様が<コーサンビ>国に入って布教された時にこの<マーカンディヤー>皇后はお釈迦様に対してさまざまな恨みをもって、悪い噂をでっちあげて、広めた。

1.<アンガー>国<パッディヤ>という道の<メンダカ>長者の孫娘<ピサーカー>は、お釈迦様が<パッディヤ>に立ち寄る時に、その祖父と一緒にお釈迦様の法を聞き、お釈迦様と因縁を結んだ姿となった(在家信者となった)。ある事情があって、その父<タナンジャナ>と一緒に<コーシャラ>国<サケタ>に移って暮らし<シュラバスティー>の<ミガラ>長者の息子<プンナパッタナ>の妻に入っていった。<ミガラ>一家は本来、<ニルクランダ>の教えを敬い、<ピサーカー>が嫁に来た後でだんだんその嫁に導かれてお釈迦様の教えを信じることになった。<ミガラ>は自らその嬉しい事を表す表現として、<ミガラ>の娘とは言わずに<ミガラ>のお母さんと呼ばれたために、しかたなく「<ミガラ>の母の<ピサーカー>」と呼ばれるようになった。

 <ピサーカー>はこのようにして、旦那の実家の一家全員を導いてすべてお釈迦様を信じさせ、自分はいつも<祇園精舎>に行って説法を聞き、供養をして毎日を過ごした。その間に、自ら寺を建てる希望を持つようになった。
まず敷地を決める場所は<マッリ>夫人の力を借りた。城の外の東南、<祇園精舎>の東北に王様の所有する丘を授かり、各階4百部屋を持つ2階建を建立した。その建築の監督は<モッカラーナ>だった。莫大なお金と九ヶ月の日にちをかけて寺は建立された。お釈迦様はすぐここに入られ、4ヶ月の「安居」を終わらせた。<東園精舎鹿子母講堂>と呼ばれた。

 

 

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