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●とう利天の説法 (2009.9.14) 

第1編 お釈迦様の出現

第7章 広まる教化圏

第7節 <とう利天>の説法

※「とう」はりっしんべんに刀

1.お釈迦様が<シュラーバスティー><祇園精舎>にいらっしゃるときのこと。<帝釈天王>がお釈迦様の前に現れて
『仏陀「如来」が世界に出現されたことは、必ずや5つの大きな事のためにするべきことがある、すなわち一つ目は説法をし、人間と天国を教化する、2つ目は両親を済度する、3つ目は信仰心のない人を信仰させる、4つ目はまだ「菩薩の心」をおこさない人に「菩薩の心」をおこさせること、5つ目は「菩薩」にいつ仏陀になるかを証言されるためなのだ。この5つのことはお釈迦様が必ずされることなのです。それなので、今お釈迦様のお母様が<とう利天>にいらっしゃり法を聞きたいと思っていらっしゃるのに、どうしてお釈迦様はこの<ヨンブジェ(この世の人間世界)>を離れないのでしょうか?どうかお釈迦様は<とう利天>にいらっしゃり、お母様のために説法してください。』

 お釈迦様は黙ってその願いを受け入れられて、さらに考えた。「最近比丘たちが生意気で法を聞くこともせず、一生懸命精進もしないので、それは「如来」といつも一緒に住んでいると信じて、そうなったのだ、しばらく姿を隠してひとつの方便としよう」と言われ、<祇園精舎>から姿を隠して<とう利天>に現れました。
<とう利天><善法講堂>の前の四方角に、1「ヨージャナ(距離の単位)」くらいになる黄金石があった。お釈迦様はそれらに端正に座られた。その上品な姿が天上で最高だった。その時に<マーヤー>夫人はたくさんの天女たちを連れてお釈迦様の前に現れた。お釈迦様はお母さんを迎えて慇懃にお辞儀をして挨拶して、その母のために説法をされた。
「三界の生命たちの経験したことは、苦しみと楽しみ2種類の道なのです。王の母もこの時までに通り過ぎたことも同じなのです。これからは苦と楽の淵から離れてください。世界の人々や天国の人々がその受け取ってからは、すべて「四大(火水風土)」と「四オン」が化合し偽物の身体と命で構成したものです。それは体が本来空っぽで、「私」という主体がないことで、いつもあることではなく、生まれて死ぬ事の存在で、ついに苦痛の根本になるのです。深くこの道理を見て、悟る者は、すぐに「三界」の強固な監獄を壊して、「ニルバーナ」のあの頂上につくことになるのです。」
この法を聞いた<マーヤー>夫人は宿世の深い因縁ですぐに煩悩の絡み合いから解かれ出て悟りを授かり、深く退かない地位に入っていった。
『お釈迦様、わたしはお釈迦様の法を聞いて、生まれ死ぬことの監獄を抜け出し、悟りを授かりました。比べてみれば、火に燃えた鉄の塊に接触する者は体が燃えてしまうように、煩悩の火に燃える生命はすべて生まれ死ぬことの淵に落ちるのです。世界の人々が煩悩の流れに沿ってひっぱられることは、まるで突風の前にある木の葉っぱのように揺れているのです。』
とまた歌われた。

『私に法の雨を注いでください
 渇いた喉を潤してください 
 枯れた芽を生き返らせて
 その芽を育てて智慧の実を実らせてください。

 暗い夜に道でさ迷い
 「無明」の眠りの中に閉じ込められ 
 抜け出す道も探せずにいたのですが
 お釈迦様は今や、道を見せてくれました。

 お釈迦様は大きな医者の王で
 病気によってよい薬を与えてくださるので、
 人々がそれを信じて、受け取り飲めば
 必ず病気のない身体になるのです。

 限りない遠い昔から火が燃える
 人々の煩悩を消し去っていただき、
 限りない希望を与えてくださったことは
 ただお釈迦様ひとりだけなのです!』

2.お釈迦様はまたすべての天国の人々のために説法された。
『世界の人々が未熟な世界で抜け出せないことは、欲望と怒りと愚かさの3つの毒(三毒)の心があるからなのだ。これによって、天国や人間に生まれ変わることも難しく、まして生まれ死ぬ事から抜けだせるのだろうか?この「三毒」を溶かしてしまって、天国の福楽の道を享受しようとしたので、いつも他人に与えてあげることを好み、どんな苦しみと難しいことがあっても我慢して、そして法を聞いて智慧を磨くことを楽しみしなさい。そして、この身体は「五オン」の化合されている嘘のものだと知り、そこで貪欲になってはならない。この貪欲をなくした者は将来生まれ老いて病気になって死ぬ不安・悩み・苦しみから抜け出すようになるのだ。』

その時に、大衆の中で<月氏>という天人はお釈迦様にお辞儀をして、お経を楽しく歌いました。

『すべての人をかわいそうに思って
 出家して悟りを求められて、
 長い年月苦行を磨いて、
 人間・天国に大きな福の畑を作られたのですね。

 あぁ、この上ない聖者様よ、
 全ての悪魔に打ち勝ち、
 限りない暗闇をなくし、
 世界でずば抜けたこれ以上ない悟りを成就されました。』
このようにたくさんの天国の人々のために説法をされ、さらにその人たちのたくさんの賛美を受けられ、人間の時間で3ヶ月の間にいらっしゃった。

3.その時、地上ではお釈迦様のいる場所を知らないことで騒ぎがおこった。<アニルッダ>尊者は「天眼」でお釈迦様が<とう利天>にいらっしゃるのを見て、3ヶ月の間大衆は1日が3週間のように感じながら待っていました。
その時に<コーサンビ>国<ウダヤナ>王は、お釈迦様を慕い白檀の木でお釈迦様の姿を彫刻し、等像をつくって乗せ、そこでお祈りをしました。これは仏像のはじまりで、お祈りのはじまりでした。その時<モッカラーナ>尊者は神通力で<とう利天>に上がり、お釈迦様とお目にかかり、人間界に降りてくることをお願いした。約束の7日がたった日、<プラセナジ>・<ウダヤナ>・<悪生王>・<ウタヨン王>・<ビンビサーラ>王などのすべての大王たちは国民たちと一緒にお釈迦様を迎えた。

 

第8節 美女<マーカンディヤー>

1.<カンマーサダンマ>村に<マーカンディヤー>という「ブラフマン」がいた。その娘<マーカンディヤー>は秀でて美しかった。「ブラフマン」は娘の魅力を信じて、世界で最も優れている男性を探し娘の夫婦の縁を結んであげようと考えた。

 彼はついに托鉢をしていらっしゃるお釈迦様と途中で出会い、その輝き、優れた姿を見て、「この「サマナ」こそ、わたしの娘の相手にふさわしいのだ」と考えて、急いで家に戻り、その妻と娘を連れて、お釈迦様の後ろを追いかけた。けれどもお釈迦様はすでに村を抜けてどこかの森に入っていかれた。そのお釈迦様の足跡を見て、妻は言った。
『この方は必ず欲をなくした人に違いない。そうでなければこのような安定して、物静かな歩き方の足跡はできないのです。あなたは余計な言葉を話さないでください。』
と言いました。「ブラフマン」は妻の言葉を聞かず、お釈迦様を探し、ある木の下に座っていらっしゃるのを見つけて、そこに行って申し上げた。

『「サマナ」よ、あなたの姿はすでに悟りと徳行でいっぱいなので、世俗に戻ってもいいのではないでしょうか。これが私の娘です。見たとおり美しいでしょう。あなたがもしこの娘を引き受けて妻としてめとってくだされば、私たち夫婦はとても嬉しく思います。』
とお願いした。お釈迦様は微笑して、笑いながら、静かに返事をされた。

『「ブラフマン」、私は天国の女性も必要ないのだ。ましてその汚い血と膿を含んだポケットをどこに使うのか。』
とおっしゃり、「愛欲はすべての苦の根本なので、人として全ての世俗的な愛欲を捨てて、戒律を磨く事だけが真実でとても幸福な道なのだ」とさまざまに説法をされた。
この言葉を聞いた「ブラフマン」夫婦は感激して、涙を流しながら、はじめは自分勝手に無理を言う言葉を自ら恥ずかしく思って、お釈迦様に帰依して弟子になることを願った。

それで、孔雀のように傲慢なその娘の胸の中にはお釈迦様の甘露法でも突き刺さりはしなかった。最も美しい自分の身体を「血・膿を含むポケット」といわれて気に障り、静かに報復を誓った。
その後、二人の夫婦はお釈迦様の弟子となったが、その娘は<コーサンビ>国の<ウダヤナ>の目に入り、その美しさを売り、その国の第1皇后となりました。
その後に、お釈迦様が<コーサンビ>国に入って布教された時にこの<マーカンディヤー>皇后はお釈迦様に対してさまざまな恨みをもって、悪い噂をでっちあげて、広めた。

1.<アンガー>国<パッディヤ>という道の<メンダカ>長者の孫娘<ピサーカー>は、お釈迦様が<パッディヤ>に立ち寄る時に、その祖父と一緒にお釈迦様の法を聞き、お釈迦様と因縁を結んだ姿となった(在家信者となった)。ある事情があって、その父<タナンジャナ>と一緒に<コーシャラ>国<サケタ>に移って暮らし<シュラバスティー>の<ミガラ>長者の息子<プンナパッタナ>の妻に入っていった。<ミガラ>一家は本来、<ニルクランダ>の教えを敬い、<ピサーカー>が嫁に来た後でだんだんその嫁に導かれてお釈迦様の教えを信じることになった。<ミガラ>は自らその嬉しい事を表す表現として、<ミガラ>の娘とは言わずに<ミガラ>のお母さんと呼ばれたために、しかたなく「<ミガラ>の母の<ピサーカー>」と呼ばれるようになった。

 <ピサーカー>はこのようにして、旦那の実家の一家全員を導いてすべてお釈迦様を信じさせ、自分はいつも<祇園精舎>に行って説法を聞き、供養をして毎日を過ごした。その間に、自ら寺を建てる希望を持つようになった。
まず敷地を決める場所は<マッリ>夫人の力を借りた。城の外の東南、<祇園精舎>の東北に王様の所有する丘を授かり、各階4百部屋を持つ2階建を建立した。その建築の監督は<モッカラーナ>だった。莫大なお金と九ヶ月の日にちをかけて寺は建立された。お釈迦様はすぐここに入られ、4ヶ月の「安居」を終わらせた。<東園精舎鹿子母講堂>と呼ばれた。

 

 

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